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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)3635号 判決

理由

(一)、次の事実はいずれも当事者間に争いがない。

(1)、本件不動産がもと相馬孝子の所有に属していたもので、昭和三八年一〇月二三日、相馬が第一相互との間の継続的無尽契約、相互掛金による給付、貸付契約、および手形取引契約に基く第一相互に対する債務を被担保債権とし、被担保債権元本極度額を七〇〇、〇〇〇円とする根抵当権を設定して、本件根抵当権設定登記を経由したこと、昭和四〇年九月二五日、右根抵当権の被担保債権元本極度額が二、〇〇〇、〇〇〇円に変更され、その登記を経由したこと。

(2)、昭和四一年九月二一日、相馬の第一相互に対する債務を保証していた本間澄江が、相馬の第一相互に対する債務残額合計一、八三〇、〇〇九円を代位弁済し、これによつて、第一相互が所持していた別紙第一債権表の一の(二)記載の約束手形七通金額合計一、八二四、八〇〇円、および同表の二記載の相馬の第一相互に対する預金、積金の残額二七二、五八一円の交付を受け、かつ、被担保債権額が一、八三〇、〇〇九円と確定した本件根抵当権を取得し、その登記を受けたこと。

(3)、昭和四一年一〇月二九日、本間が右(2)の代位弁済によつて取得した約束手形債権、根抵当権を和光商店に譲渡し、同年一一月六日、和光商店が右の譲受権利を被告に譲渡し、本件根抵当権の右各譲渡についてはそれぞれその登記を経由したこと。

(二)、《証拠》を合わせ考えると、田村喜代志が相馬孝子に対して、昭和三七年頃から数回に亘つて金員を貸付け、遅くとも昭和四一年五月末頃までに、その元利合計が四、〇〇〇、〇〇〇円となり、その頃、相馬所有の本件不動産が右貸金債権の代物弁済として、田村に譲渡され、さらに田村から同人が代表者である和光商事に譲渡されたが、登記は田村に対する登記を省略して、東京法務局墨田出張所昭和四一年七月七日受付第二五六〇五号をもつて相馬から和光商事に対して、同年六月一日売買を原因とする所有権移転登記がなされたこと、和光商事が原告に対して本件不動産を売渡し、前記出張所昭和四二年二月一三日受付第五一九四号をもつて、同年二月一日売買を原因とする、原告に対する所有権移転登記がなされたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)、前記(一)の(1)、(2)の当事者間に争いのない事実と《証拠》を合わせて考えると、相馬孝子が振出した手形の支払いがなされず、また、相馬が第一相互で割引を受けた手形で、その支払いを拒絶されるものが出たため、相馬と第一相互間の銀行取引契約は解約されることとなり、昭和四一年九月二一日、本間澄江が相馬孝子の保証人として第一相互に対して相馬の債務を代位弁済したこと、本間が右代位弁済によつて取得した本件根抵当権の被担保債権は、第一相互が別紙第一債権表の一の(二)記載の約束手形七通を、割引に因つて相馬から取得したことに基く権利であることが認められ、右認定を妨げるに足りる証拠はない。

ところで、銀行、その他の正規の金融機関(以下「銀行等」という)との手形取引契約においては、銀行等が割引に因つて取得した手形の主たる債務者、または割引依頼人の信用状態が悪化した場合に、銀行等が割引依頼人に対する割引手形の買戻請求権を取得するという商慣習があることは顕著な事実である。してみると、相馬と第一相互間の手形取引契約において、右商慣習を排除する特別の約定がなされたことを認めるに足りる証拠がない以上、本間が前記の代位弁済をする際、第一相互は相馬から割引によつて取得していた別紙第一債権表の一の(二)記載の七通の約束手形について、相馬に対する買戻請求権を有していたということができる。そして、右買戻請求権も相馬と第一相互間の手形取引契約に基く債権であるから、本件根抵当権の被担保債権となつていたものである。

してみると、本間が前記代位弁済によつて第一相互から取得した権利は、本件根抵当権、およびその被担保債権である別紙第一債権表一の(二)記載の約束手形七通上の裏書人たる相馬に対する遡求権、右約束手形七通の相馬に対する買戻請求権、ならびに本件根抵当権の被担保債権とならない右約束手形七通の振出人である和光商店、および被告に対する手形金債権であるということができる。

(四)、前記(一)の(3)の当事者間に争いのない事実によると、別紙第一債権表一の(二)記載の約束手形七通の振出人である和光商店、および被告の手形金債務は、右約束手形がその満期後に振出人に譲渡されたことによつて、混同により消滅したということができ、また、これによつて、右約束手形の裏書人である相馬の遡求義務も消滅したということができる。原告は、前記約束手形の裏書人である相馬の、遡求義務の消滅によつて、本件根抵当権の被担保債権は消滅し、したがつて、本件根抵当権も消滅したと主張するが、本件根抵当権の被担保債権として、前記七通の約束手形の裏書人たる相馬に対する遡求権のほかに、右約束手形七通の買戻請求権が発生したことは前記(三)のとおりであり、右買戻請求権は手形外の権利であり、手形上の債権の消滅によつて当然に消滅するものではないから、原告の右主張は採用できない。

結論

右のとおりであるから、本件根抵当権の消滅事由として、別紙第一債権表の一の(二)記載の約束手形七通の振出人である和光商店、および被告の手形金債務の混同による消滅に基く、右約束手形の裏書人である相馬孝子の遡求義務の消滅ということのほかには何も主張がない以上、本件根抵当権が消滅したことを理由とする原告の本件請求は理由がないものといわなければならない。なお、昭和四一年一〇月二六日、原告が本間澄江の代理人高木義明弁護士に対して、本間の代位弁済額である一、八三〇、〇〇九円の支払いと引換えに、本件根抵当権、本間が第一相互から取得した約束手形債権、本間が第一相互から交付を受けた相馬の預金、積金の残額二七二、五八一円の移転、交付を求めたが、これを拒絶されたことは当事者間に争いのないところであるが、原告が、右のような弁済の提供をしたというのみで、本間の代位弁済による求償権相当額を弁済供託したということについて何も主張、証拠がない以上、本間の求償権、したがつて本件根抵当権が消滅したとはいえないのみならず、原告の右提供は、原告が本件不動産の第三取得者であつて、民法第五〇一条二号により、相馬の保証人である本間に弁済しても、本間に代位できないものであるにかかわらず、本間が代位によつて第一相互から取得した本件根抵当権、約束手形債権の原告に対する移転との引換を条件とした点、および本間が第一相互から支払いを受けたものではあるが、代位に因つて取得したものではない、相馬の第一相互に対する預金、積金の残額二七二、五一八円の原告に対する交付との引換を条件とした点において、適法な弁済の提供ということはできないものである。

よつて、原告の本件請求を棄却

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